Shin Sakaino

ONE WISH

Shin Sakaino

もしも東京にジャズ大使館なんてものが存在したならば、その顔になるのはシンサカイノさんではないでしょうか。そう思えるほど来日アーティストたちとの共演や交流の数が抜きん出ているうえ、「Sketches of blue」のアメリカ取材中も、彼が知る場所に辿り着いていれば、太鼓判を押されているような安心感を得たものです。ニューヨークから拠点を移して3年目。ますます活躍の場を広げるシンサカイノさんの、過去と現在、そして未来についてお話を伺いました。(撮影協力:GOOD TEMPO -MUSIC, BAR & PLANTS-)

はじまりはジャズじゃなかった

「ベースをはじめたのは中3の終わりくらいですね。バンドブームの時代で友達の兄弟が持て余していたベースを譲り受けたので。ラルク(L’Arc〜en〜Ciel)のカバーとか演ってました。楽器を演奏することで、好きな曲を再現できる。その感覚がゲームのようでもあったし、カラオケするのとも変わらないように感じていました。高校に進学した後はメロコアの時代だったのでハイスタ(Hi-STANDARD)やオフスプリング、それにレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとか自分の好みも変わっていきます。そんな音楽遍歴の中にあっても、当時のバンド系スターからはジャズは技術的にも難しく、即興で音楽を作る最も高度な音楽だと教えられていました」

知識欲だけで触れたジャズ

「親からは4年生の大学でないと支援できないと言われていた最中、ちょうど洗足学園が4年生の大学になるタイミングで同校のジャズ科に進学します。入学に際して当時はピアノが弾けなくても受験できるという条件も幸いでした。入ってまずは即興演奏の魅力を知ることになります。でもジャズは知識欲だけで聴いていたし、ベースがすごい好きかっていうとそうでもなかった。それがなんで渡米するまでに至るかというと、むしろ学校の外で経験を重ねたジャム・セッションの影響が大きかったかもしれませんね」

アメリカへの興味とバークリー

「オフィス・ズーは当時から海外アーティストの招聘を手掛けていて、アーロン・ゴールドバーグからシーマス・ブレイクにジョナサン•ブレイク、果てはまだ髪の長かった初期ロバート・グラスパーまで彼らの公演に足を運んでは、この人たちカッコイイなーと感じていました。国内を見渡してもちょうどurbがソニーからデビューして話題になっていたし、groovelineに至ってはみんなバークリー出身のメンバーでした。そうして刺激を受けた来日アーティストやクラブシーンでurbやgroovelineのメンバーとセッションを通じて自分の興味の矛先がアメリカに向かうようになり、バークリーに入ろうと決心します」

音が言語のようになる感覚

「アメリカで演るようになってまず感じたのは、音だけで判断するっていうんでしょうか。技術でも知識でもなく、もっと感覚的な良し悪しの基準があって、それをちゃんと相手に伝える。だから自分の感覚も頭に頼らなくなりました。言語のように音を捉えられるようになるというかな。日本に居たときはもっと理屈で音楽を理解しようとしていました。ビ・バップならチャーリー・パーカーの実践した理論が云々カンヌンだとか。でもバークリーの同期であるゴドイン・ルイ(Godwin Louis)の演奏を聴いたときに、彼の音が “あぁ、これはもう言語になってる”っ感じたことがあって。それ以来自分の音に対する捉え方がだいぶ変わりました」

東京だからできる音楽

「2022年に東京に拠点を移しましたが、コロナが理由ではないです。コロナがきっかけで考えたことも感じたこともたくさんあったのは事実ですが、ニューヨークから戻った最大の理由は東京だからこそ、できる音楽があると確信したから。人生のさまざまな局面にジャズは常にあって、ジャズだから体験できた貴重な思い出はたくさんあります。そんなニューヨーク時代を経て思うのは、現在の東京における生活や自分が今好きなものを通して生まれる音を表現したい。そうやって新しい自分の作品を作って、今度は東京から世界のさまざまな街に旅立ちたいですね」

シンサカイノのワン・ウィッシュ

「僕が願うことは、やっぱり平和であることですね。もちろん世界的な平和という意味で。それが崩れて自分の生活すらままならなくなってしまったら、音楽の探求どころではなくなってしまう。逆に一個人としての生活があまりにも平和でルーティン化してしまったらクリエイティブな発想に弊害をもたらす懸念もあります。だから僕のワン・ウィッシュは、世界の平和です」

シンサカイノ(ベーシスト&マルチ・アーティスト)

ウッドベースとエレクトリックベースの両⽅を使い、ジャズ、ファンク、R&B、ヒップホップまたラテン、ブラジリアンなどの南⽶の⾳楽など様々なスタイルのパフォーマンスを得意とするミュージシャン。

2007年にボストンの名⾨バークリー⾳楽⼤学に⼊学。在学中に頭⻆を表しウエイン・ショーター含む多くのジャズレジェンドのマッコイ・タイナー、ジミー・コブ、ベニー・ゴルソン等と共演を果たす。その功績を認められ⼊学後に全額奨学⾦⽣となり⾸席で卒業する。

2011年よりNYに拠点を移し、カーネギーホール、リンカーンセンター、ケネディセンター、ブルーノート、バードランド等で演奏。またモントレーを初めとしカナダ、パナマ、ロシア、ドイツ、イタリア、フランスなど世界各地のジャズ・フェスティバルで国際的に活動の幅を広げる。

2022年に⽇本に帰国。エレクトロミュージックなどにも精通し、それらを融合させファションやアート、ダンスなど様々な分野でのサウンドプロデュース、アレンジなどを⼿掛け多⽅⾯での活動を展開している。

 https://www.instagram.com/sinsuckiknow/?hl=ja


おすすめ記事